もし深淵の底に落ちたとしてもはい上がれる力があったら、欲しいですか?
メロスはまさに絶望の底にいた。それでも立ち上がり、友を救うために走り続けた。
走れメロスは正義を教えてくれたが、それだけではない。
現代人に最も必要とされる「意志」という力の源泉を示してくれた。
メロスを支えた力とはなにか?
それは幼い頃から築き上げた「誇り」である。
目次
読んでわかった走れメロスの概略など
走れメロスの特徴とあらすじ
『走れメロス』(はしれメロス)は、太宰治の短編小説。処刑されるのを承知の上で友情を守ったメロスが、人の心を信じられない王に信頼することの尊さを悟らせる物語。
物語の主人公「メロス」が、悪政を敷く王に怒りを表す。メロスは王を殺害しようと城に乗り込むがすぐに捕まる。
そのまま処刑という流れだったが、友人を身代わりにして3日の猶予をもらう。
村に帰還したメロスは、憂慮していた妹の結婚式を実現させる。処刑猶予の最終日にメロスは王都へ向かい走り出す。
道中で困難にあうが、メロスはなんとか城へたどり着き、殺される直前だった友人は助かる。
メロスと友人はお互いを信じあった。その様子に心を打たれた王は改心する……。というのが概要だ。
王は「人は人を信じない」という価値観を最終的に覆す。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。
と人を信じる気持ちを持った。
メロスの性格
直情的
メロスは感情を抑えられない。
- 不安に駆られて老人を揺さぶり事情を聞き出した
- 王の悪政に腹が立ち、直情的に殺害を試みた
- 自分の願いをかなえるために、友人を身代わりすると即断した
思い立ったらすぐ行動。これこそがメロス、といえる気質だ。
責任に誠実
メロスは約束を果たす。そして約束を果たすために無理強いをした。
- 「3日で戻ってくる」という、王・友人との約束を果たす
- 妹の結婚を実現させるという、兄としての責任を果たす
目標をかなえるためには、他人への迷惑をいとわない。自分の行動に優先順位を付け、実行する力がある。
環境の影響を受けやすい
メロスは人の気持ちや街の様子などを敏感に察知し、感情を動かされる。
- 街の異様な雰囲気を感じ取る。人を捕まえて聞き出すほど不安になる
- 様子から王の揺れ動く気持ちを察する(セリフだけで気持ちを察するのは難しいが)
- 死への恐れを強く感じているにも係わらず宴会で楽しめた
素直
自分の感情に素直なメロスは、葛藤よりも気持ちを優先する。
- 「命乞いはしない」と決意したが、意固地にならず自分の願いを敵(王)に願った
- 自分の願いのためになら、迷惑をいとわず悪びれもしていない
以上のように、メロスは深く考え過ぎず、あるがままの自分に従っている。
メロスの行動を決定づけた価値観
メロスが大事にする価値観
自分の死・友人の死・妹の将来が掛かった重すぎる選択に心は揺れ動いた。それでも自分の行動を正当化するために、さまざまな方法を使う。
メロスを支えた基本的な価値観は3つ。
- 愛情
- 責任感
- 信念
愛情
何もしなければメロスはその場で死刑になったはず。妹の結婚式があったから、命を懇願し猶予をもらう。
メロスは結婚式に対し少しも嫌がった様子はない。「結婚をすれば妹は幸せになる」とメロスは信じる。
「処刑の話を聞けば、妹は結婚をすることが許せないだろう」そう思ったメロスは、妹に自分が処刑されることを話さない。
(そもそもメロスのせいだが、)メロスは友人の命を救うために城へと走っていった。
死の恐れを振り切り決断ができたのは、お互いに信じあった友人への愛情ではなかろうか。
責任感
言ったことは必ずやりきる、メロスが持つ硬い意志だ。強行してまで妹の結婚式を実現させた。
妹とその花婿へ力強い言葉を授け、自分の責任が果たせた思いをかみ締める。
処刑の猶予を貰う代わりに友人を身代わりに立て、約束を守らなければならない状況を作る。
友人の信頼を裏切らないと心に決め、自分を奮い立たせる。大好きな村への未練を断ち切り、城に向かって走り出した。
信念
メロスの信念はなにか?それは妹に向かって明確に告げている。
おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑うことと、それから、嘘をつく事だ。
メロスは王と正反対の「人を信じて誠実であること」という堅い信念を持つ。(王のことは信じてあげないのかよ、というツッコミはいらない)
信じる対象は他人だけでない。自分に対して嘘をつかないという誠実性を持つ。
メロスの行動は、この信念が規範となっている。信念に逆らう王に対して激怒してしまったのだ。
困難を前にしたメロスの思考
メロスはいくつかの決断をした。その選択を決定づけた方法は何だったのか?
意志を決定したリソース(自分を突き動かした要素)をシーン別に見ていく。
王の殺害を決意
普通の人はいくら腹が立っても相手を殺害しようとは思えない。王を相手にしたら間違いなく返り討ちに合う。
それでもメロスは激しい「怒り」に突き動かされ、無謀な決断をした。
メロスは自分の信念を否定された怒りにより、王の殺害を決意したのだろう。街の人を憂う愛情が怒りを生んだのかもしれない。
現代の価値観なら、賢い判断だとはとても思えない。しかし「正義感」が重視されて、「怒り」は肯定された。
猶予の懇願
メロスは1つの憂慮をしていた。「妹の結婚」である。王にとっては聞く価値のない願いだ。
それでも彼は懇願する。3日の猶予を貰う代わりに友人を身代わりに差し出すという。
怒気をおびた口調を一転させ、メロスは丁寧な言葉づかいでお願いをした。
その決断は「愛情」と「責任感」によって突き動かされたと推察される。
出立の決意
妹の結婚式に奔走していても、メロスは恐怖を感じはじめた。未練と死の恐怖である。
私は、今宵、殺される。殺されるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。王の奸佞邪智1を打ち破るために走るのだ。
「愛情」や「責任感」を持ち、友のために走る。
「信念」を持ち、王の心を正すために走る。
若いときから名誉を守れ。さらば、ふるさと(中略)えい、えいと大声挙げて自分を叱りながら走った。
メロスは名誉を守れと自分に言い聞かせた。自分を叱責しながら、勇気を出して走り出した。
濁流を泳ぎきる覚悟
濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、今こそ発揮してみせる。
メロスは「愛情」と「信念」の力で、危険を冒して濁流に飛び込んだ。
挫折
メロスは疲労困ぱいし、今まで信じてきた価値観を疑うようになる。
「自分は精一杯頑張ったのにダメだった」「自分は信念を決して覆してはいない」「しかし精も根も尽きた」とメロスは嘆いた。
彼をここまで追い詰めたのは、照りつける午後の太陽で負った熱中症かもしれない。
熱中症は意識の低下を引き起こす。現代の日本でも多数の人を死なせる恐ろしい症状だ
メロスは気落ちし私は、よくよく不幸な男だ
と自分を正当化する思いが考えを支配していく。
これが私の運命なのかもしれない
と嘆き、助けられない友に対して許しを請うようになった。
自分はやることはやったのに、人は私を責めるだろう。王に笑われることが死ぬよりつらい。
死なせてくれ
生き延びてやろうか
と、メロスは混乱していった。
正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。
とメロスは全てがどうでも良くなってしまった。
「愛情」「責任感」「信念」に動かされたメロスは、「全てむだなこと」と究極の言い逃れをして、ついに気力が尽きる。
ふたたび立ち上がる
義務遂行の希望である。我が身を殺して、名誉を守る希望である。
(中略)
いまはただその一時だ、走れ!、メロス。
湧き水を飲むことで疲労(熱中症)が少し回復し、メロスは王都に向かって再び走り出した。
メロスは抽象的に私は信頼されている。私は信頼されている。
と自分を鼓舞している。思考には具体的な人物は浮かんでいない。
妄想の間から抜け出したメロスは、我が身を殺した。それは単に処刑のことだろうか?
自分を捨てて名誉に操られることで、彼は前に進めたようにも思える。
走れメロスを読んでわかった核心とは「誇り」
類まれなほど困難な行動を、メロスは実現する。死への恐怖を乗り越え、体にムチ打ち走り抜いた。王都に付いたメロスは、友人を救い王を改心させる。
一度は心が折れたメロス。それでも最後までメロスを突き動かした力は
「誇り」だ。
感情的な「じぶん視点」と利他的な「あなた視点」
メロスの心の流れを整理する。
まずメロスは「怒り」により突き動かされた。怒りは感情だ。感情は自分本位で生まれる。すなわち「じぶん視点」の力で意志を決定した。
「じぶん視点」の意志決定は危うい。その場の感情で考えを決めるので、メロスのように無謀な行動をとってしまう。
続いてメロスは「愛情」や「責任感」をもとに、命を捨てて約束を果たす決断をした。
「愛情」や「責任感」は相手がいないと成立しない「あなた視点」の力だ。
メロスは「あなた視点」で考え、常人では考えられないような難しい意志決定をこなしてきた。メロスほどの傑物になると命すらかけられる。
己を操る「第三者視点」
最後にメロスは「誇り」によって諦めの縁からよみがえった。メロスの「名誉」は「信念」を誇りに思う気持ちだ。
「名誉」も「信念」も自分の中の単なる考えだ。
そこに他人がいれば「あなた視点」になる。他人に名誉を傷つけられたら怒ってしまい「じぶん視点」になるときもあるだろう。
しかしメロスは「名誉」を「第三者視点」で活用した。
単なる考えの名誉を自分の報酬に変えた。それが誇りである。
メロスは誇りによって強烈な快感を覚えていた。喉の渇きがオアシスの水を求めるように、メロスは誇りの乾きにより自動的に前へすすんだ。
つまり意識がおぼろげな自分を「自動人形」にして「誇り」という疑似的な第三者機関により操らせたのだ。走れ!メロス
と。
城に向かう道中で友人の弟子に走るのを止めるように諭されたとき、メロスはこのように思いを話す。
信じられているから走るのだ。(中略)人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。
「信じられている」と主語のない抽象的な発言だ。自分がどうして走っているのか、よくわかっていない。メロスは何者かに突き動かされている様子が見られる。
走り出した後にメロスはこのように言っている。
ゼウスよ、私は生まれたときから正直な男であった。正直な男のままにして死なせてください。
「生まれたときから」正直であったと、信仰の神:ゼウスに向かって告げた。
メロスの信念は大人になって芽生えたわけではない。生まれてからと思えるくらい、長く大切にしてきた思いだ。
つまりメロスは自分の信念を繰り返し心に刻みつけることで、疑いのない自信に昇華させた。
それが誇りとなり自らの手を離れ「第三者視点」で己を支える力になっている。
無意識で突き動かされるほどの誇りは神への誠意にもなった。メロスは自分を信じることでこの世に生きる権利を感じている。
メロスの誇りは「光」となった。人は海で迷ったときに灯台を目指す。山で迷ったときは街の明かりを目指す。しかし虫は本能で光に集まる。
虫のように弱々しい意識になったとしても「誇り」という光を目指して進めた。メロスの防衛本能は「誇り」に抗えなかったとも言える。
自分の中にある「誇り」を見つけよう!
メロスの「信念」は「誇り」になった。彼の信念は生まれたときから変わっていない。
もし自分を突き動かすエネルギーとして「誇り」を使いたいのなら、人に影響されて生まれた後天的な価値観を用いてはならない。
本当の困難にあったとき、その価値観は真っ先に疑われる。
自分が生まれたときから持っている「信念」とはなんだろう?
学校では「人を敬う」のような道徳を習った。しかし「人を敬う」ことが、紛れもなく自分の判断を決めていたか?
与えられた価値観を誠実に思い続けることは難しい。自分で育てた価値観が信念になるのだ。
自分をかげながら支えてきた思いを見つけてみよう。そのためには心に向き合う必要がある。見つかった信念は「誇り」として自分を支える。
社会的な正義と思える価値観がなくてもいい。
「楽しませる」「独自」「一番」「分け与える」「自分に厳しい」など何でもいい。その思いを柔軟に解釈すればいい。
意固地にならない柔軟な判断が日常では必要とされる。
「楽しませる」と誇りを持つのなら、今、無理に楽しませなくてもいい。人生でより多く楽しめるように設計すればいいのだ。
王を殺そうとした。友の命を身代わりに出した。メロスの判断が間違っていたと感じる人は多いだろう。誇りは正しい解答を必ず導くわけではない。
しかし緊急を要する重大な判断のときは、迷わず「誇り」に自分の判断を委ねる。
「誇り」は無意識で発揮する決定機関だ。「自分は間違っていなかった」と感じられるのが唯一の正解かもしれない。
あなたは「誇り」を持っていますか?
おさらい
信念がない人はいつの間にか考えを変える。その時代の価値観が態度を形成するのだ。社会に流されて、安全を手に入れられるかもしれない。それは幸せと呼べるのか?
一方で自分の信念に従い、誇りを持って生きる人は、普遍的な考えを持てる。
思考はテクニックによりある程度の制御が可能だ。しかしメロスの思考が無力化されたように、人を追い詰める混乱は、テクニックでは回避できない。
「誇り」という指針を持ち、どんな時もぶれない自分になりたい。
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心がひねくれて、ずるがしこく立ち回ること。またその人。goo辞書